イシイチコログ

近況と雑記

名前も呼べない

LGBTが話題になっていて思い出したので載せます。以前書いたブックレビューです。

 

 恋人に娘が生まれていたことを、元職場の女子会で聞かされる。ありがちな話だけれど、読み進めていくにつれて違和感が積もっていく。表題作は第31回太宰治賞を受賞した「変わらざる喜び」を改題したという。凡庸な顔をしながら不穏な企みを秘めた小説だ。

 主人公の恵那は25歳。既婚者の恋人から連絡が途絶えてしばらく経っていた。子供ができたことを隠されていたのに、メール一本送るだけで身を引く。都合のいい女に見えて苛立つが、彼女が過去のトラウマや恋人との関係を語るほどわからなくなってくる。恵那が苦しんでいることはわかるが、苦しみにいたった経緯を詳しく話してくれてもどこか腑に落ちない。

 恵那の親友でセクシュアル・マイノリティのメリッサが、自分の性的指向とは異なる相手とセックスしたときのことを〈録画で見る日本代表戦〉に喩える場面が印象に残った。恵那が〈よくそんなにすぐ言語化できるね〉と感心すると、メリッサは〈そりゃあ、私ら、いるだけでずーっと説明を求められるもの〉と返すのだ。たまたま世間で「ふつう」と見なされる人生を送っていると、そこから外れる人に対して無意識に納得できる説明を求めてしまう。自分は多数派に属する理由を問われても答えられないのに。なんと傲慢で狭量なのだろう。

 次に収められた受賞第一作「お気に召すまま」にも、他人の気持ちを類型に当てはめて解釈する人が登場する。女性教師がいい人だった夫と離婚した理由も、優等生が乙女ゲームに夢中になる理由も、単純な因果関係では説明できない。人の心のどんなに分析しても闇のまま残される部分を、著者は言葉を用いてあらわにしているのだ。

(2015年12月14日「週刊金曜日」掲載)

 

名前も呼べない (単行本)

名前も呼べない (単行本)